夏油温泉について

車道が開通する以前の夏油。馬と背負子(しょいこ)で運搬していた時代。
浴衣姿の一人が語るように歌いだすと、一人が踊り出す。昔なつかしい「湯治場」の風景。

温泉の入口には門を構えるようにブナの木が枝を広げて立っていた。そこをくぐり抜けると忽然として夏草の生い茂る小天地が現れる。
まだ屋根を取りつけていない状態の「大湯」。前年の秋に落ちた木の葉を取り払いながらの入浴。
薪はめいめいとり次第。朝食を準備する炊事場に朝の光が射し込んでいる
夏油温泉の入口
ケラの材料となったタツノヒゲ
木の枝やツルを使った「大湯」の坂道
「目の湯」

夏油温泉に行くには、山の中腹を歩き時には夏油川に下り沢を越えなければならなかった。二ノ瀬目のマンダ沢は左岸からガンクラ沢が落ち込み奔流が渦巻いている。そこに架かる丸木橋を渡らなければ温泉に行くことができない。もちろん手すりもないので進退窮まるひともいた。この場所を過ぎると、さらに大変な直登に等しい坂道が行く手を遮った。「これ随一の難所なり」といわれた二ノ瀬目マンダ坂である。

天然記念物に指定される前の「天狗岩」は、てっぺんにたたみ一畳分の湯壺があり入浴ができた。左の写真は「天狗岩」の裾にあった露天風呂。高さのある「天狗岩」に登れない子供や女性はこの湯船に入浴した。